
2026-09-14 09:00
このコラムで分かること
前回は、製造業の品質管理がなぜ難しくなっているのか、そして品質部門が単なる現場対応部門ではなく、企業価値や競争力を支える経営課題として位置づけられるようになった背景を整理しました。
第2回となる今回は、その変化をさらに押し進める要因として、DPP、トレーサビリティ、PFAS規制、CSRD対応、監査強化といった外部環境の変化に注目します。これからの品質保証では、品質を守るだけでなく、品質を「説明できる」ことが求められます。本稿では、法規制や市場要求の変化が品質部門にどのような影響を与えるのかを解説します。
DPP、すなわちデジタル製品パスポートは、製品に関する情報をデジタルで管理し、ライフサイクル全体で必要な情報を確認できるようにする考え方です。対象となる情報は、材料、製造履歴、環境情報、修理・リサイクル情報など多岐にわたります。製造業にとって重要なのは、DPPが単なる環境規制対応にとどまらず、製品情報の管理方法そのものを変える可能性がある点です。品質部門も、製品の仕様や検査結果だけでなく、なぜその品質を保証できるのかを示す情報管理が求められるようになります。
これまで品質保証は、設計・製造・検査工程の中で品質を担保する活動として位置づけられてきました。しかしDPPのような外部環境変化が進むと、品質情報は社内で保管しておけばよいものではなく、顧客や取引先、規制対応の場面で提示できる資産になります。品質部門は、製品情報開示の変化に備え、どの情報を、どの粒度で、どのタイミングで提示できるようにするかを考える必要があります。「品質がよい」だけでは不十分で、「品質を説明できる」ことが競争力になる時代が近づいています。つまりDPP対応の本質は、単なる情報登録ではなく、品質情報や判断根拠を社外にも説明できる状態に整えることにあります。
トレーサビリティ強化時代の品質保証では、「いつ・どこで・誰が」という基本情報に加えて、「何を根拠に判断したのか」まで説明できることが重要になります。製造履歴、検査記録、部材情報、設計変更履歴、サプライヤ情報などをつなげて管理できなければ、品質問題が発生した際に影響範囲を迅速に特定できません。また、監査や顧客問い合わせの場面でも、根拠資料を探すだけで多くの時間を要してしまいます。
特に大手製造業では、サプライチェーンとの連携が不可欠です。品質問題の原因が自社工程ではなく、部品、材料、外注工程、物流にあるケースも珍しくありません。そのため、品質保証は自社内の品質管理から、サプライチェーン全体の品質保証へ広がっています。ここで課題になるのが、情報の分散です。必要な情報が部門ごと、拠点ごと、システムごとに分かれていると、品質判断に時間がかかり、説明責任を果たすことも難しくなります。トレーサビリティ強化の本質は、記録を残すことではなく、必要な場面で判断に使える状態にすることです。このように、トレーサビリティ強化は「説明できる品質」を支える土台であり、品質保証の信頼性を左右する重要な要素です。そのため、履歴情報を単に保存するだけでなく、品質判断の根拠としてすぐに提示できる運用が欠かせません。
これからの品質保証は、品質をつくる活動から、品質を証明する活動へと役割を広げていきます。もちろん、安定した品質を実現することは引き続き重要です。しかし、顧客や社会が求めるのは、結果として品質がよいことだけではありません。どのような基準で確認したのか、どのような手順で判断したのか、過去の不具合やリスクをどのように踏まえたのかまで説明できることが求められます。これが「説明できる品質」です。
説明できる品質を実現するには、判断根拠の管理が欠かせません。品質保証の現場では、過去事例、品質規定、検査記録、顧客要求、設計情報などを確認しながら判断を行います。しかし、その判断理由が記録されていなければ、後から同じ判断を再現することはできません。顧客要求も変化しています。納入時の品質だけでなく、問題発生時の対応力、監査時の説明力、サプライチェーン全体の透明性まで評価されるようになっています。品質保証部門は、品質を守る部門から、品質を説明し、企業の信頼を支える部門へ進化する必要があります。そのため、説明できる品質を実現するには、情報を集めるだけでなく、判断の背景まで含めて提示できる仕組みが必要です。これは監査対応だけでなく、日々の顧客対応や社内の意思決定にも直結します。
PFAS規制のような化学物質規制の強化は、品質部門の業務にも大きな影響を与えます。材料調査対応では、対象製品にどのような材料や部品が使われているのか、サプライヤからどのような情報を取得しているのか、過去製品や派生品に影響がないのかを確認する必要があります。こうした調査は、品質部門だけで完結するものではなく、設計、調達、生産技術、サプライヤ管理など複数部門との連携が必要になります。
さらに、エビデンス収集や影響調査の負荷も無視できません。規制対応では、「確認した」という事実だけでなく、どの資料を根拠に、どの範囲を確認したのかを示す必要があります。過去の部品表、材料情報、試験成績書、サプライヤ回答、設計変更履歴などが分散している場合、調査には膨大な時間がかかります。品質部門にとって化学物質規制対応は、法務や環境部門だけの業務ではなく、品質情報管理の課題そのものです。今後は、規制対応を一過性の調査業務として処理するのではなく、必要な情報をナレッジとして蓄積し、次回以降の確認や判断に生かす仕組みが求められます。PFAS対応でも結局問われるのは、どの情報を根拠に安全性や適合性を確認したのかを説明できる品質管理体制です。
CSRD対応のように、ESG情報の開示要求が高まる中で、品質部門が関わる情報の範囲も広がっています。従来の品質管理では、製品仕様、検査結果、不具合対応が中心でした。しかし今後は、サプライチェーン、環境負荷、材料情報、人権や安全に関する情報など、より広い範囲のデータ収集・管理が求められます。品質部門は、こうした情報の信頼性を支える役割を担う可能性があります。
ここで重要になるのが証跡管理です。ESG情報や規制対応情報は、単に数字や文書を集めればよいわけではありません。どの部門から、どの時点で、どの根拠に基づいて取得した情報なのかを説明できる必要があります。品質部門には、これまで培ってきた記録管理、監査対応、是正処置、トレーサビリティの知見があります。これらは、今後のESG対応やサプライチェーン管理にも生かせる資産です。説明できる品質を実現する企業は、品質部門を規制対応の後処理部門としてではなく、企業の透明性と信頼性を支える中核機能として位置づけています。CSRD対応においても、品質部門が持つ証跡管理の考え方は、企業が説明できる品質を実現するための重要な基盤になります。
本記事の法規制・外部環境に関する記述は、以下の公開情報を参考にしています。